パタン
日本には少ないサイズの本を英知はゆっくりと閉じた。
表紙には猫の絵が描いてある。
Written by Soseki
Natsume
この人物が作者名だ。
かの有名な日本の文豪夏目漱石。
密かに英知が崇拝している人物でもある。
だからといって日本語バージョンで読んだことは少ないのだが・・・
例にならってこの本も英語バージョン
題名
『I am a
cat』
吾輩は猫である。
だ。
英知はふっと視線を外に向けた。
ここはクレアール学園。
先日入学式を迎えた大きなカトリック学校だ。
ちなみに男子校。
英知はそこに入学した。
入ってまもないので友人と呼べる人物も少ない。
加えて英知の容姿も関係しているだろう。
茶に近い金髪
そして深いグリーンアイズ。
外人というわけではない。
ハーフなのだ。
しかしその異色な色が周りの生徒を遠巻きにしているのかもしれない。
「ふぅ・・・」
英知はため息をもらす。
上京して1ヶ月もたたない彼にはこの状況はいささかつらいことだろう。
ひらひらひら
桜の花が舞っている。
まるで日本の美しい文化を表しているようだ。
そしてその桜が植わっている桜並木。
クレアール学園のちょっとした名物でもある。
英知は手をさしのべ降ってくる桜をきゅっと掴んだ。
「ソウセキにもこの花を見せてあげたいですね」
彼はポツリとつぶやいた。
ソウセキというのは英知の飼い猫で,黒毛がキュートな人なつっこい猫だ。
「いっそのこと,たたきおって黒猫大和の宅急便で送ってやりましょうか・・・」
おいおいおい
英知君。
学校の木は折っちゃいけませんよ!
何においても英知はソウセキが好きなのだ。
彼の両親は放浪癖がある。
そのおかげで彼らは結ばれたといって過言ではないが・・・
今のところは流しておく。
そう・・・
そのせいで英知は小さいときから各国を転々とした。
一ヶ月・・・2週間・・・
その場所から他のところに変わる事なんてざらにあった。
おかげで・・・
なのかどうかは知らないが英知は言語には堪能になれたのだが・・・
どこをどう間違ったのか・・・
英知の日本語口調は敬語になってしまった。
まぁ,これは過ぎたことだからどうでもいいとしよう。
というわけで英知は少し,世間離れをしている風もある。
英知が今いるのは一番奥の桜の木。
静かな場所を求めてやってきた場所だった。
本も読み終わったので英知は腰を浮かせようとする。
「そろそろ帰らなければスーパーの安売りに間に合いませんし・・・」
おばさん臭いですね・・・
気にしないでください。
一人暮らしをするとそういう性をたどらなければならないんですよ・・・
きっと・・・・ね。
英知はふっと桜の木を見た。
ズルッ
「は・・・?」
ドサッ
何が起きたのか・・・
英知は重さに顔をゆがませた。
「重い・・・」
顔には青緑の髪が当たっていた。
誰だろう?
しかもなぜ上から降ってきたのだろう?
そんなことが英知の脳裏をかすめる。
まったく不思議なことだ。
「あの・・・・大丈夫ですか?」
自分がクッション代わりになっただろうから大丈夫だろうが・・・とりあえず。
「ん・・・・・」
その少年はゆっくりと起きあがった。
「あの・・・・」
英知はそう口を開く
「・・・・・・・・・・・・・」
着ている制服から判断すると彼も英知と同様に一年生だ。
赤いラインがそう物語っている。
少年はじーっと英知を見て黙りこくっている。
顔に何かついているのだろうか・・・・?
「えっと・・・・」
英知は動揺していた。
突然上から降ってきた少年に凝視されているのだから・・・
そして
ゆっくりと・・・しかし確かな声で少年は言い切った。
「俺のご主人になってください」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・英知はだまりこくった。
それもそうだ・・・
初めて出会ったのにそんなアブノーマルな言葉が飛び出てくるなんて思いもしなかっ
ただろう。
眉間にはかすかにだがシワが寄っている。
「は?」
そう言った。確かに英知はそう言った。
「だから,俺のご主人に・・・」
「訳の分からないことを言わないでください」
「なぁ,いいだろ?」
「他を当たってください」
冷たくそう言い捨てると英知は立ち上がった。
パンパンと土を払う。
座ったまま少年はニヘラと英知に笑いかけた。
「俺,山田棗。よろしくな。ご主人」
「っ!?勝手に呼ばないでください。俺には人間を飼う趣味はありません」
「いいの。いいの。俺が決めたんだから。あんたは俺のご主人だ」
はぁ・・・
英知は頭を抱えた。
「ああ,棗でいいから。ご主人の名前は?」
「月沢英知です。だからご主人ってのやめてください」
「いいじゃねぇか。ま,英知。そういうことになると思うから。じゃな」
少年は身を翻し桜並木を歩いていった。
英知はただ,呆然とその様子をみるしかすべはない・・・
しばらくして英知は歩き出した。
今日起きた悪夢を忘れるために・・・
その夜,一晩中,カーンカーンという音を聞いたのは
英知の愛猫 ソウスケしかいない。
fin