遼のビックリ家庭訪問!?
 
暖かな風の吹く3月のある日の早朝。遼以外のkeenメンバーは未だ夢の中を漂っていた。遼は早朝の街を歩いている。てほてほと軽く駆け足になりつつビデオカメラを片手に那緒の家に向かっている。昼時は大分暖かいとは言っても早朝はまだまだ肌寒い。遼はマフラーを巻きなおすと足を速めた。
それより約5分。那緒の住むマンションに到着し、静かに入る。暗証番号を入力し、――予め那緒に聞いておいた――エレベーターに乗り込み、7階を目指す。エレベーターを降り701号室の前で足を止める。
「はーい。こちらが那緒の部屋でーす!」
遼はビデオカメラを回し、そう言った。遼は今、ある企画を行っているのである。皆の寝起きとベッドの下をチェックするというこの企画。さり気に遼のファンレターに多い質問なのである。
「突入しまーす」
そっと鍵を開けて――これは凪から拝借しおいたもの――中に滑り込む。静かな寝息が聞こえる。遼は抜き足差し足忍び足で那緒に近づいた。
「寝てる・・・」
当たり前なのだが驚愕していまう。普段はまったく寝ている姿を晒すことはないので不思議な感じである。
遼が那緒を覗き込むといきなり下へ引っ張られ、バランスを崩しベッドへダイブした。その時にビデオカメラで額を思い切り強打したようだ。
「いったぁー!!」
遼はぶつけたところに手を当てて叫んだ。ビデオカメラは無事なようでしっかりと回っている。遼は目に涙を浮かべつつ正面を見た。と、満面の笑顔を浮かべた那緒と目が合った。
「ダメじゃーんハルちゃん☆夜這いはな・し♪」
那緒はそう言い、それを聞いた遼は赤面した。
「ちっ違うよ!夜這いなんかじゃねぇもん!」
「へぇ、じゃあ遼は何しに俺んちに忍び込んだわけ?やっぱ夜這い?」
「違うって言ってんじゃん!」
遼はムキになって叫ぶとビデオカメラを握り締めた。那緒はにやにや笑うと遼の頭を上から押さえつける。
「いったい!何すんだよ!」
「ベッドの下見たいんじゃないの?さっきからちらちら見てるし☆どーぞw」
遼は上目遣いに那緒を睨みつつもベッドの下を覗き込んだ。
そこに並んでいたのは・・・
「小ビン?」
それらの中から1つ取り出し目線の高さまで持ち上げてまじまじと見つめる。小首を傾げて小ビンの中で揺れているピンクの液体を見る。甘い香りが小ビンから漂っている。
「・・・香水?」
遼の呟きに那緒が盛大に噴出す。腹を抱えて激しく笑っている。遼は顔を顰め小ビンを那緒の鼻先に突きつける。
「で?何なわけ?コレ」
「遼にはなーいしょ♪」
那緒は人差し指を口元に持っていって笑う。遼はむくれるとビデオカメラに向かって
「はい!ということで那緒でした!」
と叫ぶとビデオカメラを止めた。一体何が「ということで」なのであろうか。遼は勢いよく立ち上がると那緒に舌を出すと部屋のドアへ小走りに駆け寄った。
「お邪魔しました!べーっだ!!」
バタン!と盛大に扉を閉めて遼は那緒の部屋から駆け出した。
「ありゃ、怒らしちまったかな?まぁあれは遼の為だし☆」
那緒はそれだけ言うとベッドからのぞりと起き上がり軽く身を震わして何も身に着けていない上半身にその辺に投げていたシャツを羽織った。
 
一方遼は大通りを歩いていた。大通りだけあってこのような時分でも車は道路を疾走している。遼は目の前に現れた大きなマンションを見上げた。25階建ての豪華なマンション。億ションぎりぎりの豪華さである。此処こそが英知の住まいである。先程と同じ手順でマンションに侵入する。エレベーターに乗り、最上階を目指す。そう、最上階である25階の1504号室こそが英知の部屋なのである。
「到着ー。此処が英知の部屋でーす!いつ見ても豪華♪」
遼はビデオカメラを回してそう言うと、やはり合鍵を取り出した。――因みにこの鍵は英知から渡されたものである。棗は持っていないらしい――
そろりと部屋に侵入し、リビングを抜け、右から2つ目のドアをそろりと開け中に入る。――因みに未だ棗は入ったことがないらしい――静かで穏やかな寝息が部屋内での唯一の音である。遼はそろりと英知に近づくと英知は寝返りを打ち丁度こちらを向く形になる。
「はわー天使みたい・・・」
遼は感嘆するとベッドの下をひょいと覗いた。下にあったのは・・・
「広辞苑〜?}
何故ベッドの下なんかにあるのであろうか?遼はそれを引っ張り出すとカバーにセロハンテープで貼り付けられている紙を見て納得した。
広辞苑のカバーには
『棗用』
の2文字が。
遼は苦笑してベッド下に広辞苑を戻すと英知に呼びかける。
「えーいーちー。起きてー」
遼の声に英知が僅かに身じろぎする。それからうっすらと目を開けて開口一番、
「・・・夜這い?」
「何でそーなんだよー!」
遼は腕を振り上げて叫ぶと英知を睨む。英知は数回、目を瞬かせて遼を見て小首を傾げる。
「何で此処に遼がいらはるんどすか?」
「・・・へ?」
遼が口をあんぐり開けて英知を凝視する。
「ビデオなんか持たはって、何かおありですの?}
遼は目を白黒させて英知の名を叫んだ。
「何どすか?」
「えっ英知!?それ何語!?宇宙語!?いやいや京都弁なのはわかるけど、何で!?」
遼は1人大混乱である。英知は尚も小首を傾げながらベッドサイドに置いてあった水差しから水を飲んだ。
「すみません。目が覚めました」
「え、あ、おはよう!じゃあな!」
それだけ言うと遼は英知の部屋を飛び出した。
「吃驚したよぉ〜」
遼はマンションを出てから一息吐いた。京都にいたことがあるのは知っていたが、寝起きが京都弁。英知程京都弁を喋って違和感のある奴はいまいと遼は思った。さしずめウサギの鳴き声がティラノサウルスの鳴き声と同じなくらい違和感がある。(ギャオー)
遼はビデオカメラを止めてマンションを仰ぎ見て
「ごめん」
と、一言謝罪した。
 
次、目指すは凪のマンションである。
英知のマンションよりほぼ10分の距離に凪のマンションはある。レトロな外観の可愛らしいマンションである。遼は今までと同じ要領で凪の部屋である611号室に忍び込んだ。
小さな鼾に遼は楽しそうに笑ってビデオカメラを回す。
「ふふ凪の寝顔カーワイーw」
遼は凪の寝顔をビデオカメラに収めるとベッドの下を覗いた。と、そこにあったのは・・・
「またビン?」
遼は訝しげにそのビンを引っ張り出して思わず素っ頓狂な声を上げた。
「これっマリモ!?」
そう、ビンの中で漂っていたのは青緑色をした直径3cm程の小さなマリモだったのである。しかし、何故マリモ?
遼は首を精一杯捻り考えたがわからなかった。遼はビンを元あった位置に戻すと凪を起こしにかかった。
「なーぎぃー。おきてー」
肩をゆさゆさと揺らすと凪が一瞬目を開け、
「ヴィッズォネカ・・・」
というわけのわからない言葉を残して夢の国へ舞い戻ってしまった。それにしても、発音し辛いあの言葉は何なのであろうか・・・?
遼は小首を傾げつつ、何をしても起きない凪に疲労困憊して部屋を出た。
 
最後は棗である。405号室で足を止め、進入する。――鍵は無理やり押し付けられたと言っていた英知から借り受けた――部屋にはこれと言って物がない。必要最低限の物しかない。遼は溜息を吐いて棗の部屋に入った。此処もやはり物が少ない。遼は棗に近づいてビデオカメラを回しだした。
「最後は棗でーす」
ベッドの下を覗くと複数の本を発見。ずるずると数冊引っ張り出し表紙を見た瞬間遼は絶叫した。
「ふやぁーー!!」
「何だ!?」
同時に棗が飛び起きる。棗がベッドから遼の姿を見止めて首を傾げる。
「何してんだ遼。夜這い?」
「違う!っていうか・・・棗の変態!!サイッテー!!」
顔を真っ赤にした遼が半分泣きそうな顔で棗を見る。手元にあるのは、まぁ・・・何というか、アレである。
健全な男子高校生の必需品。内緒のベッドのお友達である。棗はそれを見て数回目を瞬かせて
「遼・・・まさか、みたことねぇの?」
「見るわけないじゃん!!」
更に顔を真っ赤にさせた遼は手元にある本を投げ出す。耳たぶまで真っ赤にさせて俯いてしまう始末である。棗は目を白黒させた。
まさか、こんな男がいようとは・・。いや、遼を完全な男としてカウントするのは気が引けるが、ここまでとは・・・。
本気でグスグス泣き始めた遼に慌てる棗。とにかく話をしようと顔を上げさせることにする。
「おい遼。とりあえずこっち見ろって」
「ヤダ!」
「やだってお前・・・」
溜息を盛大に吐いて棗は遼の頭を掴んで無理やり上へ向ける。
「いっ」
「あのなぁ、これは健全な男子高校生なら持ってるもんなの」
「知らない」
プイとそっぽを向いてしまった遼に棗は再び大きな溜息を一つ。それから棗はあることにハタと思い当たって顔を青くさせる。それから何故か口をパクパクと金魚のように開閉させる。
「遼・・・もしかして自分1人でヤっ「きゃーーーー!!」
棗の言葉を遮って遼が絶叫する。それを慌てて口を塞ぐことで止める。完璧に近所迷惑である。遼はムガムガと何か言ったが口を手で塞がれて言葉にならない。
「ったく、近所迷惑だろ!」
棗に怒られてシュンとなり途端に静かになる遼。それを確認してから手を外す。棗は息を整えてから遼の頭を幼児をあやすようにポンポンと軽く叩く。遼はスンスンと鼻を鳴らしつつ立ち上がると小走りで部屋のドアまで行くとビデオカメラを止めてプイと部屋を出て行った。
それから間もなくバタンと扉を閉める音が棗の耳朶へ届いた。
 
 
後日・・・
遼の撮ったビデオはファンの子たちに限定販売され――もちろん内密に、である――ものすごい反響を受けたとか。
そして、ビデオが那緒に見つかり、那緒は凪を「可愛い!スゲー可愛いw」と言って抱き締めて離さず、凪は凪で「あ、ヴィッズォネカ」と呟き――どうやらこの舌を噛みそうな単語はあの小さなマリモの名前であったらしい――棗は那緒に何やら頼んでいてそんな棗に英知が広辞苑を三度振り下ろした。
何はともあれ、ミッションコンプリート。
遼のベッドの下は神のみぞ知る・・・・。
                                                                                    ―fin―